映画『「ボリショイ』&暗闇に光るスマホ

  • 2017.12.14 Thursday
  • 23:02

 

ロシアが自国の芸術・文化を海外へ発信することに力を入れている。

「ロシアシーズンズ(ロシアの季節)」と銘打ったプロジェクトを立ち上げ、

日本がその第一回目の開催国になった。無論、これは昨年12月に行われた

二国間首脳会議にて、安倍首相とプーチン大統領が取り決めたことによるもので、

国際政治も絡んでいる。

 

  とまれ、今年6月から「ロシアシーズンズ ジャパン2017」の

さまざまなイベントが日本各地で行われてきた。バレエ絡みが多かったが、

サーカスや、ロックバンド、エルミタージュ美術館の傑作が披露され、

コンサート、写真展、映画鑑賞会なども開催された。

 

グランドフィナーレは東京で、

この11日にマリインスキー劇場管弦楽団によるコンサート、

12日に新作映画『ボリショイ』の上映が行われた。

 

 

 映画鑑賞の招待券を頂いたので、バレエのクラスを受けてから、

シャワーも浴びずに、TOHOシネマズ 六本木ヒルズに出かけた。

 

 トークセッションが冒頭にあり、ゲストでプロデューサーの

ドミートリー・ダヴィデンコさんが語気を強めて「ハリウッドだけでなく、

ロシアでも映画を作っています。アメリカ映画より、ロシア映画を観てください」

と本音を口にしたのが微笑ましかった。

日本でも大ヒットした、ナタリー・ポートマン主演のサイコスリラー

『ブラック・スワン』に対抗しているのかと思った次第。

 

 やはりゲストで、主演女優のひとりであるアンナ・イサーエワさんは、

ご自身もボリショイバレエ学校を優秀な成績で卒業しているので、

ナビゲーターから「映画に描かれていることはリアルですか?」と訊かれ、

「現実と映画はリアルにリンクしています。監督には大いに感謝しています」

と率直なお応えで好感が持てた。

なにしろ、独断的なキャスティングで反感を買っていた芸術監督が

男性ソリストから顔に硫酸を浴びせられるという事件が2013年に起きた、

あのボリショイなのだ。映画でもバレエ団の内幕、怨念渦巻く人間ドラマを

見ることができるのかと、期待がいや増した次第。

 

 開けてみると、いい意味で期待を裏切られた。

『ブラック・スワン』や硫酸事件のようなエグさはない。

生徒たちが切磋琢磨し、あるいは脱落していく姿が青春ドラマとして描かれ、

幸運にもバレエ団員に採用された者同士の心の揺れ、嫉妬、裏切り、

そして恋、友情が浮き彫りになっている。

 

 パ・ド・ドゥのレッスン中、男子から落とされてしまったり、

どうも息が合わないでいるシーンもあって、とても参考になった。

わたしは目下、パ・ド・ドゥのお稽古に余念がないのだ。

2014年にパリ・オペラ座のエトワールを引退したニコラ・ル・リッシュが

エトワール役で出演しているのも嬉しく懐かしい。

渋い佇まいが好きで、贔屓にしていたのだ。

 

 部外者をシャットアウトしているバレエ学校や劇場内での撮影シーンも多く、

これは貴重な情報になった。恒例のモスクワ国際バレエコンクールは

この劇場で行われるが、編集を担当した『日本バレエを変える』(チャイコ刊には

著者の久保綋一さんが16歳のときにここで踊って銀を獲ったという件があり、

劇場の外観、内部がスクリーンに映し出されたときには感慨深かった。

外国人初のボリショイ第一ソリストだった岩田守弘さんのことも脳裏に浮かんだ。

 

 バレエ学校の生徒たち(特に女子)は成長過程において体型に変化が生じると

退学を余儀なくさせられるという話を聞いているが、そのエピソードもあって、

リアルに描かれているという触れ込みだけに、キビシー! と恐れ入ってしまう。

バストもヒップも実ってはいけないのだ。

 

 子供の頃から延々と続くストイックな修業期間を終え、

晴れて有給の団員となり、バレエ団で踊り続ければ、

ロシアのダンサーたちは30代で年金生活に入れる──

これは冒頭のトークセッションで話題になったことだが、知ってはいても、

実際に関係者の口から耳にすると、なんだかな〜、日本とは大違いだな〜、

と再確認させられる。我が国のプロダンサーたちのおおかたは、

現役のときから公演の合間を縫ってバレエ教師の仕事をし、

(特に男子は希少価値だから)日本中に乱立している巷のバレエスタジオの発表会に

ゲスト出演して糊口を凌ぐ。退団後の生活は、推して知るべしだ。

 

『ボリショイ』を観ながら、もうひとつ感じ入ることがあった。

この映画には前出のアンナさんの他に、ユリアという名の

もうひとりの主人公がいるのだが、ユリアは地方の片田舎の貧しい家の娘で、

家族の暮らしを助けるためにボリショイに入団しようと努力し、志を果たす。

だが、とある事情でプリマの座を一度は断念することになってしまうのだ

(ちなみに、アンナさん演じる主人公はモスクワの富裕な家庭の娘という設定)。

 

 ロシアのダンサーが登場する映画には、この“貧困家庭”パターンが多い。

東京では秋に公開されたフランス映画『ポリーナ、私を踊る』の主人公も

ボリショイを目指すロシア人の少女で、彼女の家も貧しい。

夏に観た英・米映画『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣』は、

キエフ国立バレエ学校、英国ロイヤル・バレエスクールを経て、

ロイヤル・バレエ団の大スターになった天才ポルーニン(こちら→)

実像に迫ったドキュメンタリーだったが、

ロシアではなくウクライナ出身の彼もやはり貧しい家庭環境にあった。

逆境を乗り越え、目標に向かうところに、才能が開花する──

常套なストーリーラインだが、これがあちらでは現実だから物語になる。

 

 翻って、日本のバレエ界を映画にするならば、それほどの貧困層はなく、

中途半端にぬくぬくした社会だから、足りない分はアルバイトで補えて、

30代で年金生活者になれるような条件のいい国立バレエ団は不在なので、

そこに入ること自体を目標にして上を目指す動機も生まれず、

踊りたいから踊れる限りは踊って暮らす、あとは野となれ山となれ──

差詰めそんな若者たちについてのストーリーになるのだろうか。

温過ぎる。締まりがない。ドラマがない。キャッチのない映画だ。

 

 余談だが、最後に言っておきたいことがある。

会場でわたしの右隣に坐っていた女性が、上映半ばからスマホをいじり始めた。

消音にしてあるのだろうが、暗闇で視野内に液晶の眩しい光があると、

煩わしくて、鬱陶しくて、映画鑑賞の邪魔になる。

1分ほど右手で右目側に壁を作って光が見えないようにしていたのだが、

なんでわたしがそんな恰好をして映画を観なくてはならないのかと頭に来て、

「ねえ、それ、光が目に痛いんだけど」と小声で伝えたら、

彼女は「ああ、すいません」と言ってにやけてからオフにした。

映画が自分のタイプじゃない、あるいは急いで連絡する必要があるのなら、

中座すればいいじゃないか。上映中でなければ怒鳴るところだ。

このバカ女、まさかバレエをやっている人じゃないでしょうね!

 

映画館を出て、ヒルズの66プラザに来ると、400個のバイブラランプで作られたクリスマスツリーが、

フィラメントの柔らかい光を揺らしながら夜のなかでたおやかに輝いていた。

 

 

 

 

スポンサーサイト

  • 2018.05.27 Sunday
  • 23:02
  • -
  • -
  • -
  • スポンサードリンク
コメント
鵺子さま

そうなんです、以前ご紹介させて頂いた半澤正司さんは、無一文からのスタートで、サバイバルなバレエ人生だからこそ、ドラマチックで感動も大きくて、是非とも鵺子様にもブログを読んで頂きたくてご紹介申し上げた次第です。
お忙しいので膨大なバックナンバーを読むのは大変だと思いますが、是非いつか読んでみて下さいね😃
  • 中村かりん
  • 2018/03/23 2:35 AM
かりん様
半澤さんのブログは拝読しました。昨年から書き始めていたのが今年一月ごろ完了し、いまはそれをまたリピート掲載しているようですね。直しを入れてブラッシュアップしているのでしょうか。
すごくバレエが好きで、突き動かされるようにイギリスに、そしてイタリア、スウェーデン、ハンガリーで踊ってらしたんですね。
どういう経緯で帰国して、大阪で教えるようになったのでしょうね。かりんさんは半澤さんのレッスンを受けたことがおありですか?
海外に出るまえは一番街で修行していたという話には懐かしさを覚えました。私も一番街に通ったことがありますので。
  • 鵺子
  • 2018/03/25 12:59 AM
鵺子さま

返信ありがとうございます。

そして、お読みくださったんですね、嬉しいです。

ワガノワで飛び込みレッスン受けたりボリショイでウラジーミル-ワシリーエフに紹介状を書いてもらったり、読むだけでドキドキしてしまいますよね😆

そうですよね、埼玉県出身の半澤さんが、大阪で教えをスタートした経緯を
私もお聞きしたいです。

私はレッスン受けたことないのですよ。関西に行く機会があれば是非受けてみたいと思っています。
年末に友人が大阪に行った時に、オススメしたら受けてきたそうです。
彼女の感想はこちら

ありがとう(*^▽^)/★*☆♪
いってきたよーーー!
おかげさんでした
ルーティング決まっててめっちゃ早いし皆上級バレリーナやった
全員ポアントやし
私 めっちゃういてたわあ(//∇//)
ふほー!!
みたいな、顔してついてったよ
こんどは基礎クラスにでるわ
ありがとう(*^▽^)/★*☆♪
関西のバレエレベル
めっちゃ高すぎ!!






  • 中村かりん
  • 2018/03/30 10:21 PM
コメントする

calendar

S M T W T F S
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< May 2018 >>

(株)チャイコのHP

(株)チャイコのHP

このブログについて

バレエ関連書籍の出版社「チャイコ」専属エディター、鵺子が仕事、バレエ、スウィーツなどについて書いています。

著者プロフィール

profilephoto

チャイコの本


NYタイムズ紙から絶賛され、
アメリカで20年踊り続けた
天才ダンサー・久保綋一の
新たな挑戦とは?
前代未聞の半生記(DVD付き)
公式ショップにて発売中!


アンセムの物語、後編!
地面が崩れ、摩天楼が沈む!
不気味なテロ集団から
「スーパーバレリーナ」は
シティを救えるのか?
公式ショップにて発売中!


一度死に、鼓動600回/分の
心臓でよみがえった
バレリーナが空を飛び、
弾丸のように走り、悪と闘う!
公式ショップにて発売中!


神と謳われた天才振付家
その神の創造力を喚起した女神
これは二人の真実の愛の物語
日本図書館協会選定図書
公式ショップにて発売中!

selected entries

categories

archives

recent comment

PR

others

mobile

qrcode

powered by

無料ブログ作成サービス JUGEM