2019.01.03 Thursday

母のない子になったから

 

70年代にロックの女王と呼ばれ、一世を風靡したシンガーに

カルメン・マキという人がいる。わたしはマキさんのデビュー曲で、

大ヒットした「時には母のない子のように」が大好きだ。

Rock Side & アングラSide〜」http://carmenmaki.com/

その昔、同じことの繰り返しの単調な毎日に嫌気がさし、

日本にいるのも嫌になり、アメリカに行こうと密かに計画をたて、

学生ビザも取ってから、留学します、と両親に告げた。

そしたら亡き母が「親を捨てて行くのか?」と泣いたので、

なに、それ、大袈裟な、我が子がひとり立ちしようというのだから、

喜んで送り出すべきでしょうが、とあきれ果て、

その週末はふてくされて友人の館山の家に泊まりに行き、

夜の浜辺に坐ってマキさん気取ってひとり海を眺めながら

時には母のない子のように」を口ずさんだのだった(こちら→)。

 

なにかっこつけてたんだろう、といまでは笑ってしまうけど、

まあ、わたしはそういう親泣かせの娘だったし、

寺山修司の詞が当時の自分の気持ちをあらわしていて、

まとわりつくみたいな母の思いから早く自由になりたかった。

だから母を振り切ってアメリカに飛び出した。

長女だし、最初の子供だし、頼られていたのに──そしていま、

現実に母のない子になったわたしは、山の家でボーッとしてる。

ひとりになるとあの時の母の思いを静かに噛みしめる。

 

山の家のベランダから樹々の向こうの山肌のスキースロープを臨む

 

でも、四六時中そんな感傷に浸っているわけじゃない。

30日の「輝く!日本レコード大賞」は目的意識をもって見ていた。

昨年5月に63歳で亡くなった西城秀樹さんに特別功労賞が贈られるので、

信奉者としては、どんな放送のされかたをするのかが気になったのだ。

西城さんはこれまでに金賞と歌唱賞合わせて9回受賞しているが、

74年に歌唱賞を受賞した「傷だらけのローラ」、

78年金賞の「ブルースカイブルー」、83年金賞の「ギャランドゥ」が

動画メドレーで映し出され、とりあえず納得がいくものだった(こちら→)。

 

背が高く、四肢が長く、動いても静止しても絵になる本物のスター。

人の愛、喜び、哀しみを唄うために生まれてきた天才で、努力家で、

どんなジャンルも独自の感情移入で歌い、カバー曲の英語も流暢で、

脳梗塞と糖尿病がなければ、歌にも人間的にもこれからさらに、

いぶし銀のような魅力が増していくはずだった秀樹さん。

4歳上のマキさんは健在でまだライブで歌い続けているというのに……。

そしてわたしはマキさんの唄を聴きながらそっと涙ぐみ、

「お母さん、あの時はごめんね」なんてつぶやいたりできるのに……。

でも不思議だ。西城さんの歌を聴いていると悲しみが癒される。

CDDVDYouTubeのなかにいる彼が、わたしの救世主になっている。

Live

西城さんの闘病については未亡人の木本美紀さんによる著書

『蒼い空へ 夫・西城秀樹との18(小学館刊)に詳しい。

上は実家の近くにある小平キリスト教会。

青空に映えていたので思わずシャッターを押した。

 

 

 


2018.12.17 Monday

虹のかなたに逝った母


急激に体調を崩し、10月下旬に入院した母が

今月101413分、息をひきとった。

大腸ガンが肝臓に転移し、すでに全身ガンが始まっていた。

年内かもしれない、との医師の宣告だったので

子供や孫たち、身内で頻繁にお見舞いを続けた。

末期には声も出ず、体も動かせず、でも頭は明晰で、

目で会話をし、何やらお話をしているのだろう、唇は動いていた。

最後の週は眠っている時間が多くなり、

いまわのきわに駆け付けたときも、眠ったままで脳波が消え、

しばらくしてスーッと心電図の緑のラインが平らになって消えた。

大往生だった。

 

亡骸を病院から葬儀社の霊安室に搬送する途中、

母の住み慣れた家の周辺をドライブしていただいたのだが、

行く手の夕空に大きな太い虹がくっきりと浮かび、

東の空は陰鬱な灰色なのに、西の空は

雲間の向こうが鮮やかなルビーオレンジ色に輝いていた。

運転手さんが「不思議な虹ですね、雨上がりでもないのに」

と口にしたが、わたしは母が西方極楽に向かっているのを感じ、

妹たちにそう伝えると、二人も「お母さんの虹だわね」と

感慨深げで、三姉妹の心は満たされたのだった。

 

母はぎりぎりまで自分を律して独居をつらぬき、

ここ一年程は上の妹が夜のお泊りをしてくれていたものの、

長年、週三日、楽しそうにデイケアセンターに通っていた。

急に衰弱した一カ月弱だけ妹の家に身を寄せ、病院での一ヵ月は

ベッドに横たわって私たちの見舞いを受けながら過ごし、そして、

もうこれで十分だわ、というかのごとく静かに逝ってしまった。

美しい亡くなり方だった。

 

無理していなかっただろうか、

もっと娘たちに頼りたかったのではないか、

忍び寄る死と独りで向き合うのは怖くなかったか──

母に訊いてみたい。でも母は応えない。

それを自問自答しながら、母のように美しく死ぬために

これからを生きていくのが私のなすべきことだ。

「お励みなさい」という母の無言の“遺言”ともとれる。

身の引き締まる思いだ。

 

通夜と告別式の祭壇には、葬儀社のアドバイスもあり、

三姉妹で選んだお供え物を並べた。

母の好きな果物とフルーツゼリーを盛ったバスケット、

それに青山五丁目にある私の好きな和菓子處「菊家」

『青山』という豆菓子を三角山のように積み飾った。

 

 

「菊家」は故向田邦子さんがよくお買物にきた老舗として知られるが、

『青山』はふっくらと甘煮された丹波の黒豆を一粒ずつ

お砂糖でくるんだ上品な味で可愛いし、ケースごと積み上げると

白いお団子の小山のように見えて絵になるので最適だった。

葬儀社の担当者に「砂糖パックよりいいです」と褒められたし、

最後に母からの贈り物として孫たちに分け配ることもできた。

 

お天気にも恵まれ、とても良いお葬式だった。母の人徳だ。

若い時には小学校の教師をし、人を思いやる性格だった母。

読書家、書道家、俳人で、元気なときはいつも書き物をしていた母。

善光寺菩提所、浄土宗西方寺からいただいた戒名は「淑譽松聡大姉位」。

すごくふさわしい。

 

 

外に出ると、街はすっかりクリスマス気分。

でもわたしはここ二ヵ月で人間が変わってしまったようだ。

きらきらしたイリュミネーションを見ても心が躍らない。

バレエのレッスンに出かけても心が浮き立たない。

淡々と日々を送っているだけ。マザーロス、喪失感だ。

仕事がはかどらないし、このブログにもすごく時間がかかった。

大事な人を失って、わたし自身、転換期を迎えているのかもしれない。

 

 

 


2018.10.13 Saturday

念願の彼岸花と、西城秀樹

 

新刊『びっくりさせてよ』(11月中旬発売予定)の作業が

ようやく峠を越え、8月末決算の報告書も税理士に提出し終えた。

西城秀樹のビブラートの利いたハスキーボイスの歌を聴きながら、

書きたいことが溜まっているブログを書いている。

 

表紙がまだダミーですが、とりあえず帯なしと帯あり、表と裏です。

 

あまりにも忙しくてバレエのレッスンにも行けず、

筋肉の衰えは週一のマシン・ティラピスでなんとか回避してきたが、

これが案外有効で、お腹とお尻の引き上げを一週間は保てる。

ティラピスをやっていればバレエを止めてもセーフかもしれない。

 

忙しいとはいえ、今年はどうしても埼玉県高麗の巾着田にある

曼殊沙華群生地を見ておきたかったので、

9月下旬に友人たちと連れ立って出かけた。

20年も前から思っていたのにいつも行けなくて、

こんなことでは見ずに死んでしまう、と一念発起したのだった。

やっぱり凄かった。500万本の赤い絨毯ですからね!

最近、思うのだ、やりたいことは、すぐにやろうと。

なんだろう、自分が死を意識している、と感じる今日この頃。

 

雨の日で、濡れた彼岸花は艶っぽい。白い品種を見るのは初めて(上の写真)

 

8月のいつだったか、テレビの番組で、

西城秀樹の脳梗塞リハビリ中の姿を見て胸を打たれた。

5月に亡くなったことはニュースで耳にしていたが、

意識的に彼の歌を聴いていたファンではなかったので、

このような闘病生活をしていたことも知らなかった。

彼が大活躍していた時代、こちらは深夜まで仕事をする

報道や出版関係の会社勤務で、テレビの歌謡番組やドラマなどを

楽しむ生活ではなく、お恥ずかしいほど余裕のない人間だった。

訃報を聞いた頃は、この新刊『びっくりさせてよ』の

翻訳作業でPCに張り付いていた。

 

仕事の緊張もほぐれたいま、残務処理をしながら、

Youtubeをオンにしたまま彼の歌に聴き入り、

コンサートでの姿、ドラマなどに出演している動画などを観ている。

1972年に16歳でデビューし、63歳で逝去した彼が

歌唱力、演技力において驚くべき天才だったことがよくわかる。

歌うことの意味を深く掘り下げて、真摯に向かい合っている人だった。

私同様、亡くなってからファンになる人がものすごく増えているらしい。

国民栄誉賞を西城秀樹に! という動きもあるようだ。

「日本初」と付くことを数多く成し遂げた人でもあった。

野外や球場でのコンサート、クレーンを使った空中パフォーマンス、

マイクスタンドを振り回して歌い踊り絶唱するスタイルなど。

エンタテイナーとしてアジア圏に進出した先駆者でもあった。

 

9月2327日の5日間、池袋の映画館「新文芸坐」で

【追悼・西城秀樹 ヒデキ、フォーエバー!】が催されたので

遅れて来た熱狂的な秀樹ファンと化した私は、

格安料金で2本立てを上映するこの映画館に連日通い詰めた。

 

『おれの行く道』(秀樹19歳、田中絹代と共演)  

『ブロウアップ ヒデキ』(20歳、全国ツアーのライブ・ドキュメント)

『としごろ』(17歳、和田アキ子、森昌子、山口百恵、石川さゆり等が出演。

 本人はスター歌手としての特別出演)

『しあわせの一番星』(18歳、浅田美代子と共演)

『ひとつぶの涙』(17歳、森田健作と吉沢京子が主演。本人は歌手役で特別出演

『愛と誠』(18歳、原作は梶原一騎の劇画で、不良の少年と令嬢の愛の物語)

『現代仁侠伝』(42歳、奥田瑛二主演で本人はヤクザの組長役で前半に殺される)

『傷だらけの勲章』(31歳、刑事役で主演。エジプトロケも行われた。冒頭に

 ベッドシーンや後姿オールヌードのシーンがあって“びっくりさせてよ”だった)

 

映画館の壁に貼られていた当時のポスターや記事など。

 

本人執筆の著書や、若い頃の写真集も出ているし、

18歳年下の未亡人による本も11月に出版が予定されている。

私のなかの秀樹ブームはまだまだ続く

 

 



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